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HOME > 本・書籍 > 歴史哲学講義〈下〉 (岩波文庫)
歴史哲学講義〈下〉 (岩波文庫) …1,500円以上で送料無料
歴史哲学講義〈下〉 (岩波文庫)
G.W.F. Hegel(原著)
長谷川 宏(翻訳)
岩波書店
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価格:¥ 798
発売日:1994-08 /通常24時間以内に発送
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カスタマーレビュー
おすすめ度:
「歴史哲学」とは何だろうか
(2007-12-22)
本書上巻では、冒頭、ヘーゲル自身の「歴史哲学」の理論が述べられている。往々、ここの部分が取りざたされ、以下の具体的な論述は、反故にされ付け足し扱いされている。しかし本書は、この「付け足し」を楽しんで読むことから始まるとも思える。本書全体は、「自由」という理念を求める人間の歩みを歴史の中に読み取っていくものであり、「自由」とは人間の欲望の制限を取り外していく運動である。これは極めて根本的で永続的な発想で、且つ無理のない枠組みだ。しかし、本論を読むと、そのような主軸よりも、むしろ、いろいろな歴史的事実を、ヘーゲルが咀嚼し、彼自身の、各時代の「映像」を描き出す面白さがある。私は、「歴史」とは最終的にこれが出来なければ駄目だ、と思う。個々の事実に拘泥し、真実はこうだ、ここは間違っている、と「事実」と称するものの、「厳密さ」を競い合っても、所詮は似非科学だと思う。その「厳密さ」の定義も結局自己保身的な「定義」で終始されるか、自然科学の限界を指摘して「だったら人文社会科学も同じだ」と開き直る消極的な満足に陥るだけだ。勿論、実証的な研究は歴史には不可欠だし、明らかに間違った事を言い立てて良い訳ではないが、「厳密さ」ばかり言っていると、わずか数年のことさえ断言できなくなってしまう。何のための歴史か、といえば、細かいことはともかく、大筋において公認されている事実と自身の解釈を交えて、自身が各時代にどういう「映像」を描けるか、ということにあると思う。そして、これこそ、実は「文化論」なのだと思う。というわけで、本書は、ヘーゲルの「文化論」と言ったほうが話が早い。上巻の「アフリカ」論や「漢字」論など、哄笑を誘うほどに無茶な議論もあるが、一概に馬鹿に出来ない真理を衝いている点は天才的な直観力だ。下巻のギリシア以降は、流石に強い。ギリシア文化論などは、「アキレウスが作りアレクサンダーが閉じた」とするところに「ギリシア」の「映像」を見て取るヘーゲルの素晴らしい感性に共感したい。ローマの評価が低いのががっかりだ、とか、いろいろあるが、別な面のポイントを衝いている点があり、教えられる。山川出版の高校用の「世界史」が分かっていれば、十分理解できる内容だが、ときに、現地の人間でなくては知らないような細かな事実も出てきてそれも面白い。理論面では、カントとシラーらの歴史哲学をほぼ承継しそれを纏め上げたもので、オリジナリティではヘーゲルの中では高くはないが、全体として面白い作品に仕上がっている。翻訳はそれを損なわない良いものだと思う。あまり頭でっかちな議論に拘泥せず、読んだほうが良いと思う。
発展過程としての理念
(2001-07-02)
フランスは七月革命によって40年にわたる戦争と大混乱はおわりをつげ、社会は一応の安定をえたとはいえ、「一方にはまだカトリックの側からする分裂の要因があり、他方には主観的意思のもたらす分裂の要因がある。」主観的意思にもとづく自由主義思想は、「原子としての個の意思という原理」をうちたて、社会のすべては、個人の参与する公然たる権力と公然たる同意によって動かされねばならない。このような形式的かつ抽象的な自由は確固たる組織を成立させることができない。「特定の政治機構はは特定の意思であり、つまりは、特定人のわがままだという」。こうしてこれまでの反対党が政権につくという形で不安定な動きがつづき、「この相克、この交錯、この問題は、いまわたしたちの歴史に突きつけられているもので、未来の歴史が解決しなければならない問題です」とおわりに近い箇所で語っています。歴史理論はドイツにおいてその最終局面をむかえることになっていますが、そうでないことがわかります。普通の意識をもつ人ならば、ある特定の時代で歴史がおわると考える人はまずいないでしょう。「自由の意識としてあらわれるほかない自由の理念の発展過程」と「過程」としてとらえている。
おすすめ度:
「歴史哲学」とは何だろうか
本書上巻では、冒頭、ヘーゲル自身の「歴史哲学」の理論が述べられている。往々、ここの部分が取りざたされ、以下の具体的な論述は、反故にされ付け足し扱いされている。しかし本書は、この「付け足し」を楽しんで読むことから始まるとも思える。本書全体は、「自由」という理念を求める人間の歩みを歴史の中に読み取っていくものであり、「自由」とは人間の欲望の制限を取り外していく運動である。これは極めて根本的で永続的な発想で、且つ無理のない枠組みだ。しかし、本論を読むと、そのような主軸よりも、むしろ、いろいろな歴史的事実を、ヘーゲルが咀嚼し、彼自身の、各時代の「映像」を描き出す面白さがある。私は、「歴史」とは最終的にこれが出来なければ駄目だ、と思う。個々の事実に拘泥し、真実はこうだ、ここは間違っている、と「事実」と称するものの、「厳密さ」を競い合っても、所詮は似非科学だと思う。その「厳密さ」の定義も結局自己保身的な「定義」で終始されるか、自然科学の限界を指摘して「だったら人文社会科学も同じだ」と開き直る消極的な満足に陥るだけだ。勿論、実証的な研究は歴史には不可欠だし、明らかに間違った事を言い立てて良い訳ではないが、「厳密さ」ばかり言っていると、わずか数年のことさえ断言できなくなってしまう。何のための歴史か、といえば、細かいことはともかく、大筋において公認されている事実と自身の解釈を交えて、自身が各時代にどういう「映像」を描けるか、ということにあると思う。そして、これこそ、実は「文化論」なのだと思う。というわけで、本書は、ヘーゲルの「文化論」と言ったほうが話が早い。上巻の「アフリカ」論や「漢字」論など、哄笑を誘うほどに無茶な議論もあるが、一概に馬鹿に出来ない真理を衝いている点は天才的な直観力だ。下巻のギリシア以降は、流石に強い。ギリシア文化論などは、「アキレウスが作りアレクサンダーが閉じた」とするところに「ギリシア」の「映像」を見て取るヘーゲルの素晴らしい感性に共感したい。ローマの評価が低いのががっかりだ、とか、いろいろあるが、別な面のポイントを衝いている点があり、教えられる。山川出版の高校用の「世界史」が分かっていれば、十分理解できる内容だが、ときに、現地の人間でなくては知らないような細かな事実も出てきてそれも面白い。理論面では、カントとシラーらの歴史哲学をほぼ承継しそれを纏め上げたもので、オリジナリティではヘーゲルの中では高くはないが、全体として面白い作品に仕上がっている。翻訳はそれを損なわない良いものだと思う。あまり頭でっかちな議論に拘泥せず、読んだほうが良いと思う。
発展過程としての理念
フランスは七月革命によって40年にわたる戦争と大混乱はおわりをつげ、社会は一応の安定をえたとはいえ、「一方にはまだカトリックの側からする分裂の要因があり、他方には主観的意思のもたらす分裂の要因がある。」主観的意思にもとづく自由主義思想は、「原子としての個の意思という原理」をうちたて、社会のすべては、個人の参与する公然たる権力と公然たる同意によって動かされねばならない。このような形式的かつ抽象的な自由は確固たる組織を成立させることができない。「特定の政治機構はは特定の意思であり、つまりは、特定人のわがままだという」。こうしてこれまでの反対党が政権につくという形で不安定な動きがつづき、「この相克、この交錯、この問題は、いまわたしたちの歴史に突きつけられているもので、未来の歴史が解決しなければならない問題です」とおわりに近い箇所で語っています。歴史理論はドイツにおいてその最終局面をむかえることになっていますが、そうでないことがわかります。普通の意識をもつ人ならば、ある特定の時代で歴史がおわると考える人はまずいないでしょう。「自由の意識としてあらわれるほかない自由の理念の発展過程」と「過程」としてとらえている。
そもそも理念とはなんでしょうか。理念はプラトンやカントおいて当為であったようにヘーゲルもそれを引き継いでいます。現実も同じ意味です。観念(理想・本質)と実在(事実・現象)との統一が理念であり、現実であり、理性(ヌース)です。簡単にいえば、当為、「かくあるべし」です。だから理念も現実も未来を含んでち?~す。このことは「論理学」で理念論の前に「目的論」が位置していることからもわかります。目的とは未来のことです。ヘーゲルの自由の理念は終わることなくつづきます。もう少し正確にいえば、理念はおわりを含んだはじまりです。フクヤマの『歴史の終わり』は理念を現在の事実とみた理論です。


