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HOME > 本・書籍 > 職業としての学問 (岩波文庫)
職業としての学問 (岩波文庫) …1,500円以上で送料無料
職業としての学問 (岩波文庫)
Max Weber(原著)
尾高 邦雄(翻訳)
岩波書店
グループ:Book /ランキング:15559
価格:¥ 420
発売日:1980-01 /通常24時間以内に発送
Max Weber(原著)
尾高 邦雄(翻訳)
岩波書店
価格:¥ 420
発売日:1980-01 /通常24時間以内に発送
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カスタマーレビュー
おすすめ度:
アフォリズム集としてのヴェーバー
(2008-11-08)
本書は、ヴェーバーの死の前年、1919年1月のミュンヘンにおける講演記録、
原題はWissenschaft als Beruf。
「経済的意味の職業、つまり生計の資を得る道としての学問はいまいかなる状態に
あるか」との問い立てを導入に、「100人の教師のなかのすくなくとも99人は人生に
おけるフットボールの先生ではないということ、いな、およそいかなる人生問題についても
『指導者』であることを許されていない」との強烈な宣誓に象徴されるように、
道徳と学問の分別、「教室のなかではなんといっても率直な知的廉直以外の徳は
通用しない」ことを滔々と説く。
結論ありきでの捏造は許されない、その限りで公平性、中立性が要請されるのは当然、
しかし例えば報道のあり様が示す通り、言説はすべからく政治性を帯びずにはいない。
無論、教育や学問とてその例外ではいられない。「われわれはいったいなにをなすべきか、
またわれわれはいかに生きるべきか」とのトルストイの問いは学問の範疇のないものと
ヴェーバーは喝破するが、この点については残念ながら疑問を呈さざるを得ない。
ただし、その一方で、各々の学問におけるパラダイムにひたすら愚直であれ、との
見解――平たく言えば専門バカのすすめ――に批判すべき点は何ら見出すことができない。
開いてみれば分かるのだが、全体に明瞭なテキストとは決して言い難い一冊。
他のレヴューにおける多様な感想が示しているように、何らかの一貫したメッセージを
読み解こうとするよりも、各人の心に残るような何らかのアフォリズムをひとつでも
見つけることができれば、それでよろしいのではなかろうか。
「個性」という隘路
(2008-11-02)
〈とにかく、自己を滅して専心すべき仕事を、逆になにか自分の名を売るための手段の
ように考え、自分がどんな人間であるかを「体験」で示してやろうと思っているような人、
つまり、どうだ俺はただの「専門家」じゃないだろうとか、どうだ俺のいったようなことは
まだだれもいわないだろうとか、そういうことばかり考えている人、こうした人々は、
学問の世界では間違いなくなんら「個性」のある人ではない〉
以上は、ウェーバーが「個性」について述べた一節。
ここ数十年、日本人はこの「個性」という言葉に呪縛され続けてきたように思います。
単に、他人と違う振舞いをすることが「個性」だと考える人、
他人を見下し、嗤うことで自分の特別な「個性」を誇示しようとする人……。
自戒も込めてですが、そんな「勘違いさん」を見ることが少なくありません。
もちろん、「個性的であれ」というのは社会からの要請という側面もあるのですが、
それを意訳すると、「社会に有用な歯車たる能力を持て」ということになります。
言うまでもなく、非社会的・反社会的な「個性」などはお呼びではないのです。
今の時代、学者の世界(特に文系)でも、ウェーバーの主張通りに
自分の研究だけをやっていても成果は望めないのかもしれません。
しかし、小手先のスタンドプレーでは、本当の意味での
「個性」を構築できないのもまた、真理なのです。
学者の心得
(2008-01-15)
本書にはヴェーバー流の学者の心得が提示されており、職業として学問に携わるとは如何なることか、ということが示されます。
学者ないし研究者とは、学問に対する情熱が不可欠であり、そのうえで生じる霊的な「ひらめき」こそが重要だと主張します。
また、大学における教授職とは、いわゆる人気があるか否か、すなわち満席に出来るか否か、で判断されるということが言われていますが、何というか水商売にも少し近いのかなと思いました。
文中にトルストイやプラトンの思想が引用されていますが、それらを見て知的興奮を感じない人は学問なんてやる必要はないのではないでしょうか。
痘痕(あばた)もエクボ
(2008-01-03)
Max Weber は、20世紀最高の人文学系の学者だ。彼の書いたものに悉くハズレがない。ただし、この書は例外。Weber がものした他の著作のレベルが高すぎるため、どうしても見劣りがする。凡百の学者なら良書なのだろうが。
私から見て面白かったのは二点だけ。
1)p.58 アメリカのdemocracyとは、meritocracyの別名に過ぎない、と喝破しているところ。
2)p.62 学問にできることは、「If〜, then〜」構造を、可能な限り明確にすることだけだ、と断定しているところ。
読んでも読まなくてもよい。Weber の真骨頂は別にある。以上。
〔追記〕下記のトピック「趣味としての学問」もご参照戴きたい。
「プロ倫」は読めなくても
(2007-07-18)
「プロ倫」は大著で読むのに気力も要りそうですが、これは100ページもないので楽に読める。
読むのは楽だが、中身は詰まっている本。
大別して、この本の中身は以下の3つ。
・経済的な事情。給料などの事情による学問の場のあり方の比較やその検討。
・とるべき心構え。ことに専門化が進む中での学問のあり方。
・学問の本分。学問の限界や政治との区別。そして「ザッヘへ帰れ」となる。
専門家になるならば、一読するべき本だろう
おすすめ度:
アフォリズム集としてのヴェーバー
本書は、ヴェーバーの死の前年、1919年1月のミュンヘンにおける講演記録、
原題はWissenschaft als Beruf。
「経済的意味の職業、つまり生計の資を得る道としての学問はいまいかなる状態に
あるか」との問い立てを導入に、「100人の教師のなかのすくなくとも99人は人生に
おけるフットボールの先生ではないということ、いな、およそいかなる人生問題についても
『指導者』であることを許されていない」との強烈な宣誓に象徴されるように、
道徳と学問の分別、「教室のなかではなんといっても率直な知的廉直以外の徳は
通用しない」ことを滔々と説く。
結論ありきでの捏造は許されない、その限りで公平性、中立性が要請されるのは当然、
しかし例えば報道のあり様が示す通り、言説はすべからく政治性を帯びずにはいない。
無論、教育や学問とてその例外ではいられない。「われわれはいったいなにをなすべきか、
またわれわれはいかに生きるべきか」とのトルストイの問いは学問の範疇のないものと
ヴェーバーは喝破するが、この点については残念ながら疑問を呈さざるを得ない。
ただし、その一方で、各々の学問におけるパラダイムにひたすら愚直であれ、との
見解――平たく言えば専門バカのすすめ――に批判すべき点は何ら見出すことができない。
開いてみれば分かるのだが、全体に明瞭なテキストとは決して言い難い一冊。
他のレヴューにおける多様な感想が示しているように、何らかの一貫したメッセージを
読み解こうとするよりも、各人の心に残るような何らかのアフォリズムをひとつでも
見つけることができれば、それでよろしいのではなかろうか。
「個性」という隘路
〈とにかく、自己を滅して専心すべき仕事を、逆になにか自分の名を売るための手段の
ように考え、自分がどんな人間であるかを「体験」で示してやろうと思っているような人、
つまり、どうだ俺はただの「専門家」じゃないだろうとか、どうだ俺のいったようなことは
まだだれもいわないだろうとか、そういうことばかり考えている人、こうした人々は、
学問の世界では間違いなくなんら「個性」のある人ではない〉
以上は、ウェーバーが「個性」について述べた一節。
ここ数十年、日本人はこの「個性」という言葉に呪縛され続けてきたように思います。
単に、他人と違う振舞いをすることが「個性」だと考える人、
他人を見下し、嗤うことで自分の特別な「個性」を誇示しようとする人……。
自戒も込めてですが、そんな「勘違いさん」を見ることが少なくありません。
もちろん、「個性的であれ」というのは社会からの要請という側面もあるのですが、
それを意訳すると、「社会に有用な歯車たる能力を持て」ということになります。
言うまでもなく、非社会的・反社会的な「個性」などはお呼びではないのです。
今の時代、学者の世界(特に文系)でも、ウェーバーの主張通りに
自分の研究だけをやっていても成果は望めないのかもしれません。
しかし、小手先のスタンドプレーでは、本当の意味での
「個性」を構築できないのもまた、真理なのです。
学者の心得
本書にはヴェーバー流の学者の心得が提示されており、職業として学問に携わるとは如何なることか、ということが示されます。
学者ないし研究者とは、学問に対する情熱が不可欠であり、そのうえで生じる霊的な「ひらめき」こそが重要だと主張します。
また、大学における教授職とは、いわゆる人気があるか否か、すなわち満席に出来るか否か、で判断されるということが言われていますが、何というか水商売にも少し近いのかなと思いました。
文中にトルストイやプラトンの思想が引用されていますが、それらを見て知的興奮を感じない人は学問なんてやる必要はないのではないでしょうか。
痘痕(あばた)もエクボ
Max Weber は、20世紀最高の人文学系の学者だ。彼の書いたものに悉くハズレがない。ただし、この書は例外。Weber がものした他の著作のレベルが高すぎるため、どうしても見劣りがする。凡百の学者なら良書なのだろうが。
私から見て面白かったのは二点だけ。
1)p.58 アメリカのdemocracyとは、meritocracyの別名に過ぎない、と喝破しているところ。
2)p.62 学問にできることは、「If〜, then〜」構造を、可能な限り明確にすることだけだ、と断定しているところ。
読んでも読まなくてもよい。Weber の真骨頂は別にある。以上。
〔追記〕下記のトピック「趣味としての学問」もご参照戴きたい。
「プロ倫」は読めなくても
「プロ倫」は大著で読むのに気力も要りそうですが、これは100ページもないので楽に読める。
読むのは楽だが、中身は詰まっている本。
大別して、この本の中身は以下の3つ。
・経済的な事情。給料などの事情による学問の場のあり方の比較やその検討。
・とるべき心構え。ことに専門化が進む中での学問のあり方。
・学問の本分。学問の限界や政治との区別。そして「ザッヘへ帰れ」となる。
専門家になるならば、一読するべき本だろう


